医水民の日常

横浜市立大学医学部水泳部のブログです。

最後の練習を終えて

最後の練習お疲れ様でした。
東医体までの医6リレーの先陣を切ることになりました、三人の中で一番メタボで教授な人です。名前を書いていないのはNSAとかが怖いからです。あと、仁禮君宣伝ありがとうございます。


何を書けばいいのか迷い、最初医水での6年間を振り返ろうかとも思いましたが、収拾がつかなくなったので、ここ半年くらいのことを中心に書き散らしてみようと思います。


幹部引退後、しばらくの間は練習には来ていたものの、なんとなく水泳からは気持ちが離れていき、年が明けると試験準備で忙しく、次第に練習にも来なくなり…というわけで、試験やら実習やらにかまけている間に時は過ぎ去り、気が付けば5年生も終わりかけていました。
たまに練習に出る時には「存在を忘れられないように…」みたいなことを言っていましたが、半分冗談、半分本気という感じでした。


そんな状態だった僕の心境がようやく変わったのは3月の末、6年生が卒業し、まもなく自分が最高学年になるという頃のことでした。
「これから先の試合や大会って、今年で全部人生最後じゃん」
「今のまま何となくで夏の大会に出て、本当にいいのか?」
「いや、そもそも今の状態でまともに泳げるのか?」
「そういえば、今度の医科歯科戦ってオールエントリーじゃなかった?」
「…」
という過程を経て、今年の4月から再び練習に参加しだしました。最初にまた練習に出た時には少し気恥ずかしさがありましたが、一度来れば練習のある日常に復帰するのは思ったほど難しくはなく、なんとなくほっとしたのを覚えています。
そうして、自分の泳力に不安を抱えつつも出場した医科歯科戦では、泳いでいる途中の記憶を一部喪失しつつも、オールエントリーを泳ぎきることができました。一緒に泳いでくれた人たちや、応援しねぎらいの声をかけてくれた部員のみなさんがいなければとても泳ぎ切れなかったと思います。今さらですが、ありがとうございました。


その後の試合や大会では、200mFrに多く出場しました。現役の時に100mFrばかり泳いでいて飽きたからというのも理由の一つでしたが、それ以上に、東医体の最後にある800mFRに向けて、200mを泳ぐ練習をしたいというのが理由としてありました。4年生の時、当時6年生だった横井さんや、米澤さん、豊田君と800mFRを泳いで以来、次に6年生として泳ぐときには、自分で悔いが残らないように泳ぎ切りたいと思っていました。


そうして練習を続け、8月に入り、ついにメイン大会がやってきました。
看護大会では個人で200mFrを泳いだほか、200mFRでは木下君や荒木君、卓雄君と泳ぐという、嬉しい機会が得られました。看護科の皆さんも、自ずから応援に力が入るような泳ぎを見せて下さり、よい結果が出ると我が事のように嬉しかったです。
今年度に入ってから、一試合終えるごとに、最後の試合が終わったという感想を程度の差はあれ抱いていましたが、今までになくそういったことが感じられる大会でした。


来たる東医体では、個人では200mFrと100mFrに出ます。リレーでは、800mFRに医6の三人と倉掛君とで出場します。
最後の大会、とにかく悔いが残らないように泳ぎ切りたいと思います。もちろん医学科の皆さんの泳ぎも応援したいと思っております。
また、看護大会で全力を尽くし当日も応援やサポートにまわって下さる看護科スイマーの皆さん、普段から練習を支えて下さったマネージャーの皆さんにも本当に感謝しています。



最後の大会、みなさんベストを尽くしていきましょう!