医水民の日常

横浜市立大学医学部水泳部のブログです。

il vento d'oro

どうも、でかいやつです。

新歓期は僕の中では完全に終わりました。なのでこのブログは僕がただ語るだけの「長編日記」となっています。

※長編の為、この日記は3000字を超えています。これからこの日記を読む方はあらかじめそのことをご了承ください。

 

突然ですが、皆さん水泳は好きですか??

僕は好きです。小さい頃からずーっと続けていても未だに飽きないんだから不思議です。もはや愛しているといっても過言じゃないかもしれません。人生の1/10くらいは水の中で過ごしている気すらします。

水泳を始めたのは確か4歳か5歳ごろ。あの頃はまだ両腕に浮き輪をつけて水の上でプカプカ浮かんでいました。友達とキャッキャッ言いながらはしゃいでいる幼稚園児の1人、それが僕でした。

そんな僕の水泳人生に転機が訪れたのは、小学校に入ったばかりの頃です。当時通っていたクラブチームの選手コースに引き上げられたことがきっかけで、目指せ全国大会出場!目指せオリンピック選手!の波に飲み込まれました。そして、その結果中高時代のほとんどを水泳に捧げることになったのです。

だからといって後悔は特にありません。今も水泳は楽しくやっているし、水泳と並行してそれなりに勉強も頑張っていたら今の大学に入れました。最高とまでは言いませんが、人生うまくやれてきてるなと思います。

ただ後悔はないけど、達成できなかったことはたくさんあります。

水泳だけに絞ってみても、全中出場、インハイ出場、関東大会出場、JO出場など…

細かく上げたらきりがないですね。

では目標としていた結果が出なかったのはなぜなのか、何回も考えました。

練習の仕方が間違っていたんじゃないか

モチベーションを維持できていなかったんじゃないか

そもそも自分に才能がないんじゃないか

たぶんどれも正解な気がしました。才能は才能でも努力の才能とでも言えばいいのでしょうか。過程があって、それが結果に現れるというごく当たり前な構造を考えてみれば、例えば全国大会に出場できなかったという結果は、練習で手を抜いていたという過程によって引き起こされたという説明で簡単に理解できるわけです。

僕が頑張った!と思うレベルの頑張りは、全国レベルの人たちからするときっと取るに足らないレベルなんじゃないかと思います。どのくらい自分が頑張っているか、に対する自己評価の基準が高い人はそれだけ高いレベルの過程を積み、そのおかげで高いレベルの結果を残すことが出来るのです。水泳でも大学受験でも、ありとあらゆる競争社会でこのことを痛感します。

ただ正直に言って大学に入ってからは、高校までと違って水泳の競争力は格段に下がりました。やっぱり偏差値が上がると、何かしら能力が下がる運命のようです。運動能力然り、コミュニケーション能力然り。まあたまに全知全能いるけどそれは例外。

当然、数少ない水泳経験者である僕は相対的に速い部類に分類されるようになるわけです。東医体で1年生の頃から決勝に進出し、立派な賞状なんかも貰えたりして本当に有り難い話でした。ただ、個人的には高校時代に比べて凄く頑張れているかと言ったらそうでもなく、1年生の頃はどうして中高時代より練習していないのにベストが出るのか自分でも不思議でした。そうしていたら案の上、2年生で成長が止まりました。1年生の夏と2年生の夏、タイムがあまり変わらなかったんです。これは恐らく、高校生から大学生になって骨格が成長した分、大学入学後はある程度速くなったけれど、大学でさらなる成長をするためにはもっと努力が必要だったというパターンだと推測しています。要するに、自分は中高と変わらず、無意識のうちにどこかで自分に甘え、努力過程を怠っていたということです。

それからは、1年生の夏から2年生の夏までの過ごし方を振り返り、水泳でベスト記録を更新していくという視点で残りの2年生と3年生前期を過ごそうと決意しました。第1に練習をサボらない。試験やお絵描き、レポートなど色々追われることが多い2年生でしたが、自主練も欠かさず行き、泳ぎ続けることだけ考えて過ごしました。3年生になれば暇になって水泳の練習にもっと時間がさけると期待していました。

が、ここでコロナです。どこもプールが閉まり、泳げなくなりました。太りたくないという一心で自宅で筋トレする習慣ができたものの、どうもモチベーションが上がらない日々が続きました。部活や市内のプールが再開すると、すぐに泳ぎに行ったりもしましたが、いかんせん大会などの明確な目標がないので、ダラダラ泳いでしまっていました。そうしていたら気がつくと新入生が沢山入部していました。そして気がついたら僕は幹部になっていました。

幹部になった当初はその実感もなく、慣れない学外プールを借りた練習がしばらく続きました。八景のプールが使用できるようになってからは、週2という少なさではあったものの、メニュー計画を月ごとに立てて、軽いコーチング的なことをやったりしていました。そしてこの時期くらいで僕はKSTに正式に入り、外部の公認大会に出場するというモチベーションを維持して、追加で自主練習を行い、時折大会に出場していました。

ただまたしてもコロナがきました。緊急事態宣言で1月から3月まで部活禁止となり、幹部になった当初に僕が立てた年間計画も水の泡になりました。部活でしか泳がない人にとっては、水泳の成長的に大打撃だったと思います。それまでの過程が一旦リセットされたからです。

ただそんな状況下でも、僕は泳ぎ続け、大会でもベストを更新していました。近所のジムにも入会し、練習環境をそろえました。その時はあると信じていた東医体のために。

つい先日ですね。今年もメイン大会は全て中止をいう知らせが入りました。

正直、悲しいとしか言いようがないです。薄々今年もないんだろうと予想はしていましたが、悲しいものは悲しいですね。

幹部としてあまり仕事がなかった僕たちでしたが、だからこそ最後のメイン大会くらいは開催して欲しいと思っていました。たぶん幹部のみんなそうだと思います。

特にうちの主将なんか、最近またやる気が出てき始めてて、こちらとしては懐かしさもあってとても嬉しかったのに。

とまあ、きまったことをいつまでも嘆いていても時間の無駄と言われる世知辛い世の中です。無理して切り替えますね。

僕は現段階の医水の中で泳ぐのが1番速いです。でも別に偉いとはこれっぽっちも思っていません。水泳経験者で、水泳が好きだからみんなより多く練習をしているってだけです。少し速く泳げる人っていう個性だと思ってください。

そんな僕から言いたいことは1つです。

”競泳”を頑張ってみませんか?これだけです。

健康のため、ダイエットのため、ただ泳ぐ事が好き、医水の雰囲気が好き、居心地がいい、日焼けせずにそこそこ頑張れる

これらのことも水泳部で部活を頑張る理由の1つでいいんです。マネさんもね。でも、経験者の僕からするに目標をもって練習したほうが絶対にもっといいんです。終わり良ければ総て良しって言いますけど、練習サボってたけどベスト出たって何が嬉しいんですかと僕は思ってしまいます。練習頑張ってたらもっといいタイム出てたんじゃない?ってそうは思いませんか。マネさんも私がせっかくタイムとってあげてるんだからベスト出せよって思いませんか?あ、もしかしてこれは体育会系の淘汰されるべき思想ですか?

今夏のメイン大会はなくなってしまったけど、幹部で代わりのイベント(タイムトライアルとかリレーとか)は考えているので、最低限そこまでは幹部にというか、練習についてきてください。

”競泳”の世界では、記録という結果はもちろん大事です。が、しかしそれと同じくらい、いやそれ以上大事なのがそこまで頑張ってきたという過程、自分への自信も大事です。僕たちは競泳選手ではないですが、部活として努力する以上、スイマーにとってはベスト記録更新を、マネさんにとってはおこがましいようだけどの頑張るスイマーのサポートを、それぞれ目標に夏までやり切って欲しいと思っています。

こんな状況下ではあるけど、来年再来年その先の為にも今年の夏までの過程を大事にして下さい。

僕の話はこれで終わりです。長らくお付き合いいただきありがとうございました。

次はNEO FUJIに任せます。

 

To Be Continued